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行く先と帰宅時刻を伝える大切さ
「博之ちゃん。あのね、聖子がまだ帰ってこないんだけど、あなたどこへ行ったか知ってる?」/部屋は沈黙していた。
そうだ!きっと博之は自殺しているんだ!雅子は恐怖に駆られて、部屋の扉をどんどん叩いた。
/「博之ちゃん、開けて、お願いだから!博之ちゃん!」/部屋の戸は荒々しく開けられた。
あまりぱっと、労りもなく、内側へ引かれたので、雅子は体の重心を失ってよろけた。
/「聖子が帰ってこないのよ。どこへ行ったか知らない?」/「知るわけないでしょう。
僕、聖子とここ一ヶ月ぐらい話したことないもの」/「そう」/「僕、勉強してるんだから、邪魔しないでよ」/「そう、じゃあね」
曾野綾子著『虚構の家』(文藝春秋)
娘を案ずる母親の雅子の不安、それを癒す言葉もない博之の冷淡と非情。大学教授呉由一郎一家の、これが荒涼たる家庭風景である。
このような家庭は例外かもしれないが、必ずしもそうとも断じ切れないうそ寒さも感じてしまう。
ごく身近な、小さな「言葉と作法」の躾を忘れた家庭がであろう当然の道行きを、この小説は我々に暗示している。
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